春香伝(チュニャンジョン/春香傳)


烈女春香守節歌(れつじょしゅんこうしゅせつか)――現代語完訳。
作者未詳|朝鮮末期のパンソリ系小説|完板84張本に基づく。

訳者注: 『春香伝』は、『沈清伝』と並んで最も愛される韓国の古典で、元妓生(きせい)の娘・春香(チュニャン)と、府使(ふし=地方長官)の子・李夢龍(イ・モンリョン)の恋物語であり、同時に、烈(れつ=貞節)が腐敗した官の権力濫用に打ち勝つ物語でもある。韓国語の語、地名、中国古典への数多くの引用は、意味のある箇所では残し、括弧内に説明を添えた。パンソリ(語り歌)の韻文部分は太字で示す。
― 上 巻 ―

  1. 泰平の世の南原(ナムォン) ― 月梅(ウォルメ)と成(ソン)参判
    粛宗(スクチョン)大王が玉座に上られた初期のことである。王の大いなる徳が全土に流れあふれ、聖なる子や孫が代々続いたので、太鼓と玉笛(ぎょくてき)の音は堯舜(ぎょうしゅん)の世の泰平歌を思わせ、衣冠と文物は、夏(か)の禹王(うおう)や殷(いん)の湯王(とうおう)の治世にも劣らぬほどだった。王の側(かたわら)の臣下は国の礎(いしずえ)であり、軍を守る将帥(しょうすい)は国の盾(たて)だった。朝廷から流れ出る徳化(とっか)が田舎の隅々まで広がったので、四方は堅固で、遠近すべてが平穏だった。忠臣が朝廷に満ち、孝子と烈女(れつじょ)が家ごとにあふれた。まことに美しく、麗(うるわ)しいことよ。雨は時に合わせて降り、風は順(おだ)やかに吹いて、民は腹いっぱい食べて楽しく過ごし、至る所で泰平歌を歌った。
    このころ、全羅道(チョルラド)の南原府に、月梅(ウォルメ)という妓生(きせい)が住んでいた。三南(さんなん=南部三道)で随一の名妓として名高かった彼女は、早くに妓籍(ぎせき)を抜け出て、成(ソン)参判という両班(ヤンバン=貴族)と所帯を構えていた。ところが、年が四十をとうに超えても膝下(しっか)に血筋一つなく、これが常に胸に結んだ恨(ハン)となって、嘆きと憂いが病になりそうなほどだった。ある日、大いに心を引き締め、昔の人の知恵を思い起こした月梅が、夫(おっと)を静かに呼んで座らせ、恭(うやうや)しく申し上げた。
    「お聞きください。前世にどんな縁があったのか、この世で夫婦の縁を結び、妓生時代の行いをすべて捨てて、礼節も尊び、女功(じょこう=女の仕事)にも励んでまいりましたのに、どんな罪がそれほど重いのか、血筋一つなく、血肉も親族もない我らの身の上で、先祖の祭祀(さいし)は誰が行い、後日の葬礼はどう執り行うというのでしょう。名山大刹(めいざんだいさつ)に功徳を積んででも、男女いずれであれ子を一人だけでも授かれば、一生の恨を晴らせましょう。あなたのお考えはいかがでしょう。」
    成参判が言うには、「一生の身の上を思えば、お前の言うことは当然だが、祈って子を得られるなら、子のない者などどこにいよう。」と。月梅が答えた。「天下の大聖人・孔子(こうし)様も尼丘山(じきゅうざん)に祈ってお生まれになり、鄭(てい)の子産(しさん)も于形山(うけいざん)に祈って生まれられました。我が東国(とうごく)にも名山大川がありますから、我らも精誠(せいせい)を一度尽くしてみましょう。」
    功(こう)を積んだ塔は崩れず、精誠こめて植えた木は折れないのが道理である。その日から月梅は沐浴斎戒(もくよくさいかい)して身を清めた後、名山勝地をくまなく訪ね歩いた。智異山(チリサン)の深い懐(ふところ)に抱かれ、般若峰(パンヤボン)に上ると、四方が名山大川で歴然としていた。最高峰に祭壇を築き、供物を整えた後、地面にひれ伏して、千辛万苦(せんしんばんく)の思いで祈りに祈ったところ、山神霊(さんしんれい)の徳であったか、五月五日の甲子(きのえね)の日に、一つの夢を得た。
    瑞気(ずいき)が虚空にたなびき、五色の虹が玲瓏(れいろう)としたかと思うと、一人の仙女が青鶴(せいかく)に乗って降りてきた。頭には花で編んだ冠をかぶり、身には彩(いろど)りの衣をまとったその仙女が、手に桂花(けいか)の枝を一本持って堂(どう)に上り、両手を合わせて恭しく申し上げた。「私は洛浦(らくほ)の娘でしたが、蟠桃(ばんとう)の桃を献上しに玉京(ぎょくけい)へ行き、広寒殿(こうかんでん)で赤松子(せきしょうし)に出会って、まだ語り尽くせぬ思いを交わすうちに時を誤り、それが罪となって上帝(じょうてい)の大怒を買い、塵土(じんど)に追われました。行く先が分からずさまよっていたところ、頭流山(とうりゅうさん)の神霊が夫人のお宅へ導いてくださったので、訪ねてまいりました。お慈悲をもってお受け入れください。」と言い、懐へ飛び込んでくるので、鶴の鳴き声に驚いて覚めると、南柯一夢(なんかのいちむ=はかない夢)だった。
    うっとりと揺れる精神を整え、夫に夢の話をしたところ、天の幸いで、その月から胎(たい)の気があった。十月(とつき)が満ちると、ある日、香りが部屋に満ち、彩りの雲が玲瓏としたかと思うと、もうろうとする中で子を産んだ。玉のような娘だった。月梅が日久月深(じつきゅうげっしん=長い間)に願ってきた心は、息子ではなかったが、しばし晴れるようだった。その愛しさを、どうして言い尽くせよう。名を春香(チュニャン=春の香り)とつけ、掌中(しょうちゅう)の宝玉のように育て上げたので、孝行は二つとなく、慈愛は麒麟(きりん)のようだった。七つ八つになると、書物に親しみ、礼節と貞節を事としたので、一邑(いちゆう=町じゅう)で称えぬ者はなかった。
  2. 李翰林(イ・ハルリム)の南原赴任と、李道令(イ・ドリョン)
    このころ、ソウルの三清洞(サムチョンドン)に、李翰林(イ・ハルリム)という両班が住んでいた。代々名高い家柄であり、忠臣の末裔だった。ある日、王が忠孝録(ちゅうこうろく)を御覧になり、忠孝の者を択(えら)んで地方官に任用される際、李翰林に南原府使(ふし)の職を下された。李翰林は王に暇乞(いとまご)いの挨拶を申し上げ、行列を整えて南原に赴任し、民をよく治めたので、四方は無事で、町の民が善政を喜んで称えた。雨は均(ひと)しく降り、風は順調で、民は親に孝行したので、まことに堯舜の世がそのままだった。
    このときはいつであろうか。春の日が熟して、遊ぶによい三春(さんしゅん)だった。空を飛ぶ鳥は番(つが)いをなして双々(そうそう)と飛び交い、あらゆる春の趣を競う中、南山に花が咲いて赤く染まり、垂楊(すいよう)の千筋(ちすじ)万筋が垂れる間から、鶯(うぐいす)が友を呼ぶ。木ごとに葉が茂りに茂って、一年で最も美しい季節だった。
    このころ、府使の子息・李道令(イ・ドリョン)は、年が二八(にはち)十六歳であり、風采(ふうさい)は唐の文人・杜牧之(とぼくし)を彷彿(ほうふつ)させた。度量は滄海(そうかい)のように広く、知恵は活達であり、文章は李太白(りたいはく)、筆法は王羲之(おうぎし)というほどだった。ある日、房子(バンジャ=供の少年)を呼んで言うには、「この町で景色のよい所はどこか。詩興と春興が盛んなので、絶景を言ってみよ。」房子が申し上げるには、「学問をなさる道令様が、景色を求めて出歩かれるのは、無益ではありませんか。」李道令が言うには、「お前は実に無学なことを言うな。昔から、文章才士(ぶんしょうさいし)も絶勝(ぜっしょう)の山河を見物するのが、詩文の根本となるのだ。李太白は采石江(さいせきこう)に遊び、蘇東坡(そとうば)は赤壁江(せきへきこう)の秋の月に遊んだのだから、どうして遊ばずにおれよう。」
    房子はそこで、四方の景色を申し上げた。「全羅道・南原の景色をお聞きください。南門の外へお出になれば、広寒楼(クァンハルル)と烏鵲橋(オジャッキョ=鵲(かささぎ)の橋)、瀛州閣(エイシュウかく)が壮観でございます。御意(ぎょい)のままに参りましょう。」道令が言うには、「話に聞くだけでも、広寒楼と烏鵲橋は絶景だな。見物に行こう。」
  3. 広寒楼での春の見物
    李道令の様子をご覧なさい。府使の前に入って恭しく申し上げた。「今日は天気が麗らかですので、しばし出て風月を吟詠(ぎんえい)したく存じます。お出かけをお許しください。」府使が大いに喜んで許し、言われた。「南の町の風物を見物して帰るがよい。ただし、詩題(しだい)も考えてまいれ。」道令が答えた。「お言いつけのとおりにいたします。」と退き、「房子や、驢馬(ろば)に鞍(くら)を置け。」
    房子が言いつけを聞いて、驢馬に鞍を置く。李道令の装(よそお)いをご覧なさい。玉のように澄んだ顔、焼きたての餅(もち)のようにつややかな垂れ髪を、丁寧に梳(と)かして油で端正に整えた後、絹の髪紐(かみひも)を粋(いき)に結って編み、上等の夏物の襦袢(じゅばん)の上に袷(あわせ)と道袍(トポ)を備えて着、黒い絹の帯を胸に締めた。金を打って作った扇(おうぎ)で日光を遮(さえぎ)りながら、広い役所の道を生気あふれて歩み出る姿は、春の江南(こうなん)に遊んだ杜牧之の風采か、それとも絶世の佳人を傍らに詩を吟じた周郎(しゅうろう=周瑜)の気概か。
    広寒楼に上って四方を見渡すと、景色はまことに壮大だった。朝霧が赤い城壁の上を巡り、緑陰(りょくいん)濃い木々の間を、暮れゆく春風が花と柳を包んで巡った。楼閣の丹青(たんせい)が眩(まぶ)しく輝き、鳥の歌声が春の光を誇った。烏鵲橋が確かにあるのに、牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)はどこにいるのか。このような絶景に風月がないわけにいかず、李道令は興が湧き上がって、詩を二聯(れん)吟じた。
    高く高き烏鵲橋に仙女が降り立ち(高明烏鵲仙)、
    広寒楼の玉の桂(かつら)の下に月が昇る(廣寒玉桂樓)。
    問う、天上(てんじょう)に織女はいずこにありや(且問天上誰織女)、
    折しも今日この所に、我は牽牛となったのだ(只興今日我牽牛)。
    内衙(ないが)から宴の膳が出てきたので、酒一杯を飲み干した後、通引(つういん)と房子を下がらせ、酔興(すいきょう)が盛んになって、煙草(たばこ)を口にくわえ、あちこち歩き回った。向かいの一所を眺めると、ある美人が一人、春の趣に堪えきれず、躑躅(つつじ)を折って髪に挿してみ、芍薬(しゃくやく)を折って口に軽くくわえてみ、柳の葉をしごいて水にひらひらと流すと、黄金色の鶯が森へ飛び込んで、その春の風景をいっそう輝かせた。広寒楼の優れた景色もよいが、烏鵲橋のその趣こそ、さらに絶景だった。
  4. ぶらんこの場面 ― 春香の登場
    このときは三月といったが、実は五月端午(たんご)の日だった。天中節(てんちゅうせつ)という、最もよい名節(めいせつ=節句)である。このとき、月梅の娘・春香も、詩書音律(ししょおんりつ)に通じていたので、端午の楽しみを知らぬはずがなかった。香丹(ヒャンダン)を先に立ててぶらんこを跳びに出るとき、蘭(らん)のように美しい髪を両の耳に押さえて美しく編み、金鳳釵(きんほうさい=金の鳳凰のかんざし)で端正に飾り、細い腰に巻いた裙(もすそ)の裾(すそ)が、眉楊(びよう)の細い柳の枝のように力なく垂れたかのよう、美しく麗しい態度で、しゃなりしゃなりと、なよなよと、そっと歩いて、長林(ちょうりん=長い林)の中へ入っていった。
    緑陰芳草(りょくいんほうそう)が濃く茂り、金色の芝が敷かれた所に、黄金の鶯が双々と飛び込む中、生い茂った柳の枝に、百尺(ひゃくしゃく)もあろうかというぶらんこを高く吊(つ)るした。緑の上着(うわぎ)と藍(あい)の単衣(ひとえ)の裙をさっと脱いで掛けておき、紫の刺繍(ししゅう)の靴(くつ)をぱっと脱ぎ捨て、白い絹の下袴(したばかま)をひょいと引き上げた後、蓮(はす)の葉のように柔らかな両手で、ぶらんこの綱を繊々(せんせん)と分け持ち、白い足袋(たび)の足でひらりと上り立って、足を踏んで漕(こ)ぎ出すとき、細柳(さいりゅう)のようにすらりとした美しい体が、端正に揺れた。
    「香丹や、押しておくれ。」一度漕いで力を入れ、二度漕いで力を入れると、足の下の細かな塵(ちり)が風に飛び、前後にだんだん遠ざかる中、頭上の木の葉は体に従ってゆらゆらと、行き来するさまを見ると、緑陰の中の赤い裙の裾が風に透けて見え、はるかな空の白雲の間に稲妻(いなずま)がひらめくようだった。前へさっと出るさまは、軽やかな燕(つばめ)が桃の花一片の散るのを追うよう、後ろへひらりと返るさまは、烈風(れっぷう)に驚いた蝶(ちょう)が、番(つが)いを失って行きかけては引き返すよう、巫山(ふざん)の仙女が雲に乗って陽台(ようだい)の上に降り立つようで、木の葉をくわえてみたり、花を折って髪に軽く挿してみたりした。
    「ねえ香丹や、ぶらんこの風が強くて、頭がくらくらするよ。綱を押さえておくれ。」押さえようと、幾度も進み退(しりぞ)きして、さかんにこう遊ぶうち、小川のそばの平たい大岩の上に玉のかんざしが落ちて、ちりんと澄んだ音を立てた。その音は、さながら珊瑚(さんご)の棒で玉の盆を打つようだった。その姿は、この世の人ではなかった。
  5. 李道令の目にとまった春香
    春の燕が三春を満たして飛び去るように、歳月は儚(はかな)く流れる中、李道令の心はふさぎ、精神がくらくらして、あれこれと思いが湧くのだった。独り言につぶやくには、「あれは洛浦(らくほ)の仙女か、巫山(ふざん)の仙女か。」李道令は魂が中空(なかぞら)に飛んで、全身が虚空に浮くようだった。「通引や。」「はい。」「向かいの花柳(かりゅう)の中に、行ったり来たり、ちらちら、ひらひらするのは何か、よく見て申せ。」通引が見て申し上げるには、「ほかの何でもなく、この町の妓生・月梅の娘、春香という娘でございます。」李道令は思わず、「実に見事だ。あっぱれだ。」
    通引が申し上げるには、「母は妓生でございますが、春香は気位(きぐらい)が高く、妓生の務めを拒んで、花びらや木の葉に文字を思い、女の手仕事と文章を兼ね備え、良家の娘と変わりございません。」李道令はははと笑い、房子を呼んで言いつけた。「聞けば妓生の娘というから、急いで行って呼んでまいれ。」
    房子が申し上げるには、「雪膚花容(せっぷかよう=雪の肌に花の顔)が南で名高く、判書(はんしょ)・兵使(へいし)・郡守・県監(けんかん)の別なく、高い両班の遊び人たちも、無数に見ようとしましたが、思うように見られませんでした。世に二つとない絶色(ぜっしょく)であり、万古(ばんこ)の女中君子(じょちゅうくんし)でございますので、恐れ多いことながら、呼んでまいるのは難しゅうございます。」李道令は大いに笑い、「房子や、お前は物各(ものおのおの)主(あるじ)有り、ということを知らぬな。荊山(けいざん)の白玉(はくぎょく)も汝水(じょすい)の黄金も、持ち主がそれぞれあるのだ。つべこべ言わず、呼んでまいれ。」
    房子が言いつけを聞いて春香を呼びに渡るとき、粋な房子の若造が、西王母(せいおうぼ)の瑤池(ようち)の宴に手紙を伝えた青鳥(せいちょう)のように、あちこち渡っていって、「これ、これ春香や。」と呼ぶ声に、春香はびっくりして、「何の声を、そんなふうに張り上げて、人の精神を驚かすのか。」「これ、言うな。大事(おおごと)が起きた。」「事とは何の事。」「府使様の子息・道令様が広寒楼にお越しになって、お前の遊ぶ様子を御覧になり、呼んでこいとのお達しが下った。」
    春香が怒って、「お前は気が違ったか、それも、ひどく違ったな。道令様がどうして私を知って呼ぶというのか。この野郎、お前が私のことを言いつけたな。」「いや、私がお前のことを言う訳がない。だが、お前が悪い次第(しだい)を聞いてみよ。娘の身で鞦韆(しゅうせん=ぶらんこ)を跳ぶなら、お前の家の裏庭の塀(へい)の内に綱を吊るして跳ぶのが道理に当然だ。広寒楼の見物場(けんぶつば)にぶらんこを吊るしてお前が跳ぶとき、瓜(うり)の種のような両の足で白雲の間を遊ぶとき、赤い裙の裾がひらひら、白い下袴の裾が東南の風になびき、瓢(ひさご)の中身のようなお前の肌(はだ)が雲の間にちらちら見えるのに、道令様が御覧になってお前をお呼びの際、私が何を言ったというのだ。つべこべ言わず渡ろう。」
    春香が答えるには、「お前の言うことは当然だが、今日は端午の日だから、私だけではあるまい。よその家の娘たちもここに来て、一緒に鞦韆を跳んだのだから、堅気(かたぎ)の人を無闇(むやみ)に呼ぶ訳もなく、呼ばれても行く訳がない。」房子が顔を赤らめて広寒楼に戻り、道令様に申し上げると、道令様はその言葉を聞いて、「奇特(きとく)な人だ。言うことは正しいが、もう一度行って、これこれと伝えよ。」房子が再び春香の家を訪ねると、母娘(おやこ)が向かい合って昼飯を食べているところだった。春香の母が無我夢中で言うには、「夢というものは、すべて空(むな)しいものではないのだな。昨夜(ゆうべ)夢を見ると、青龍(せいりゅう)が一匹、碧桃池(へきとうち)に潜(ひそ)んで見えたので、何かよい事があろうかと思ったが、偶然の事ではないのだな。また聞けば、府使様の子息・道令様の名が夢龍(モンリョン)というから、夢(む)の字、龍(りゅう)の字が、不思議に合うわ。それはともかく、両班がお呼びなのに、行かずにおれようか。しばし行って帰っておいで。」
  6. 広寒楼での初対面
    春香はそこで、やむを得ぬ体(てい)で、ようやく立ち上がって広寒楼へ渡るとき、その足取りがまことに品(ひん)よく優雅だった。なよなよとよろめいて渡ってくると、李道令が欄干(らんかん)に斜(なな)めに寄りかかって、ゆるゆると眺めると、春香がだんだん近づいてくるのだった。窈窕亭々(ようちょうていてい=しとやかで美しい)として、その月態花容(げつたいかよう)は、世に二つとなかった。
    顔が清(きよ)らかなので、澄んだ川に遊ぶ鶴が、雪の積もった月光に映るようであり、赤い唇と白い歯が半ば開くと、星のようでもあり、玉のようでもあった。臙脂(えんじ)を含んだような頬(ほお)の美しい色が、春霞(はるがすみ)のように立ち上り、美しい文(あや)が、天の川の波のようだった。蓮(はす)のような足取りをゆっくり運んで楼に上り、恥ずかしげに立っているので、通引を呼んで、「座るように言え。」と言った。
    春香が美しい態度で容(かたち)を斂(おさ)めて座る様子を、よく見ると、清らかな水辺で水浴びして座る燕が、人を見て驚くようだった。特に化粧したのでもなく、天然そのままの国色(こくしょく=絶世の美女)であり、玉のような顔を前にすると、雲間(くもま)の明月であり、赤い唇が半ば開くと、水の上の蓮の花だった。瀛州(えいしゅう)に遊んだ仙女が南原に流謫(るたく)されているのであり、月宮(げっきゅう)で侍(はべ)った仙女が、友を一人失ったのであろう。お前の顔、お前の態度は、この世の人ではない。
    このとき春香が秋波(しゅうは)をしばし上げて李道令を見ると、今世(こんせ)の豪傑であり、世に稀(まれ)な奇男子(きだんし)だった。額(ひたい)が高いので、若くして功名(こうみょう)を立てるであろうし、五つの山岳(=顔の五つの隆起)が調和して整っているので、国を補佐する忠臣となるであろうと、心中に欽慕(きんぼ)して、眉(まゆ)をそっと伏せ、膝(ひざ)を揃(そろ)えて端正に座るばかりだった。
    李道令が言うには、「聖賢(せいけん)も同じ姓(せい)どうしは婚姻しないというが、お前の姓は何で、年はいくつか。」「姓は成(ソン)でございまして、年は十六歳でございます。」李道令の様子をご覧なさい。「ははあ、その言葉が嬉しいぞ。お前の年を聞けば、私と同い年の二八だな。姓を聞けば、天定(てんてい)の縁であることが明らかだ。二姓(にせい)の合(ごう)はよい縁分(えんぶん)であるから、生涯を共に楽しもう。お前の父母はお二人とも御存命か。」「母一人だけでございます。」「兄弟は何人いる。」「六十になる母の、無男独女(むなんどくじょ)、私一人だけでございます。」「お前も人様の大切な娘なのだな。天の定めた縁分で、我ら二人が出会ったのだから、万年を共に楽しもう。」
    春香の様子をご覧なさい。眉をそっとひそめ、赤い唇を半ば開いて、細い喉(のど)をやっと開いて、清らかな声で申し上げるには、「忠臣は二君(にくん)に仕えず、烈女は二夫(にふ)に仕えず、と昔の書に言いますから、道令様は貴(とうと)い公子であり、私(わたくし)は賎(いや)しい妾(しょう)でございますので、ひとたび縁を結んだ後、そのままお捨てになれば、一片丹心(いっぺんたんしん)のこの心が、独り空(むな)しい部屋に臥(ふ)して泣く恨となりましょうから、そのような仰せはお収めくださいませ。」李道令が言うには、「お前の言葉を聞けば、どうして奇特でないことがあろう。我ら二人が縁を結ぶとき、鉄(かね)と石のように固い約束を結ぼう。お前の家はどこか。」春香が申し上げるには、「房子を呼んでお尋ねください。」李道令はははと笑い、「房子や、春香の家を申せ。」
    房子が手をそっと上げて指し示すには、「あそこ、あの向かいの、庭の丘がうっそうと茂り、池の水が清々(せいせい)とした所に、奇花瑤草(きかようそう)が爛漫(らんまん)と咲き、木ごとに止まる鳥は華(はな)やかさを誇り、岩の上の曲がった松は、清風がさっと吹くと老いた竜がうねるよう、門前の柳がしみ入るように、たおやかに垂れて、松林と竹林の二つの間から、ほのかに見えるのが、春香の家でございます。」道令様が言うには、「家が清潔で、松と竹がうっそうとしているから、女の節行(せっこう)があるに足る所だな。」春香が立ち上がって、恥ずかしげに申し上げるには、「世間の人心(じんしん)は意地が悪うございますから、もう遊ばずに帰ります。」道令様はその言葉を聞いて、「奇特だ、もっともな事だ。今夜、夜間外出禁止の刻(とき)の後に、お前の家へ行くから、どうか冷たくあしらうな。」春香が答えるには、「私は存じません。」「お前が存じなくて、よいものか。よく行け。今夜、相見(あいまみ)えよう。」
  7. 夜半の訪問 ― 百年の契(ちぎ)り
    春香が楼から下りて渡ると、春香の母が向かいに出てきて、「ああ、我が娘、帰ってきたか。道令様が何とおっしゃった。」「何とおっしゃるものですか。少し座ってから帰りますと立つと、夕方に我が家へお越しになると仰せでした。」「で、何と答えた。」「存じませんと申しました。」「よくやった。」
    このとき李道令は、春香をぼんやり見送った後、名残(なごり)惜しい心を慰めるすべもなく、書房(しょぼう)に戻って万事に身が入らず、ただ思いは春香だった。声が耳にちりちりと響き、美しい態度が目にちらちらした。日が暮れるのを待つ間、房子を呼んで、「日はどの刻になったか。」「東の方で、ちょうど夜が明けます。」李道令が大いに怒って、「この野郎、けしからん奴め、西に沈む日が東へ戻ろうか。もう一度よく見よ。」やがて房子が申し上げるには、「日が咸池(かんち)に落ち、黄昏(たそがれ)が降り、月が東の嶺(みね)に昇ります。」
    夕飯も味がなく、寝返りを打って、どうしよう。外出禁止の刻を待とうとして書物を見ようとするとき、「『詩伝(しでん)』に、関関(かんかん)と鳴くあの雎鳩(しょきゅう=みさご)が川辺の砂洲(さす)にいるので、窈窕(ようちょう)たる淑女は君子のよい伴侶だ。よせ、その書も読めぬ。」『大学』を読むと、「大学の道は明徳(めいとく)を明らかにし、民を新たにし……よせ、その書も読めぬ。」『千字文(せんじもん)』を読むと、房子が聞いていて言うには、「道令様、ご立派な方が、千字とはどうしたことです。」李道令が言うには、「この野郎、お前は知らぬ。千字という書は七書(しちしょ)の本文であり、梁(りょう)の周興嗣(しゅうこうし)が一夜にして作り、頭が白くなったというから、一字一字読み解けば、骨の震える事が多いのだぞ。」房子が言うには、「小人(しょうじん=私め)も千字の中身は存じております。」「知っているというなら、読んでみよ。」「はい、高く高き天(てん)の天(ソラ)、深く深き地(ち)の地(ツチ)、ぐるぐるねじねじ黒(こく)の黒(クロ)、めらめら燃える黄(こう)の黄(キ)。」李道令が、「これ、この野郎、下郎(げろう)に違いない。乞食(こじき)の物乞い歌(うた)から聞いたな。」
    夜がほの暗くなると、房子を先に立てて春香の家を訪ねていった。春香は道令様のお越しを待っていたので、月梅が大いに喜んで迎え入れ、さまざまな肴(さかな)と酒を出した。この夜、初恋の契りを結んだ。
    注: 『春香伝』で、李夢龍と成春香が初夜を過ごして情を交わす場面は、「合歓(ごうかん)」または「房事(ぼうじ)」の段(くだり)と呼ばれる。古典の版本(はんぽん)は、これを露骨な描写ではなく、引用と比喩によって表す。以下のとおりである。
  8. 衣服を脱がせる段(完板本原文): 「道令様が春香の手を取り、優しい言葉で慰め、春香の襦袢の襟(えり)をゆるめ、裙の紐を解くと、春香が恥ずかしくて顔を伏せ、体を屈(かが)めるので、道令様が笑って言うには、『夫婦の礼を成そうとするのだから、恥ずかしがるな。』と、肌着(はだぎ)や下袴をすべて脱がせると、雪膚花容が灯(ともしび)の下に映って、目が眩(くら)む。道令様が春香の体を見ると、これは人の体というより、玉(ぎょく)で削り作ったよう、雲間にそびえた月が霧を破って出たようで、丈夫(じょうふ)の肝腸(かんちょう)とて、どうして溶けずにおれよう。」
  9. 肉体的結合の比喩(雲雨(うんう)の情): 「二人が互いに向かい合って臥(ふ)し、情を交わすとき、その有り様を、どうして記し尽くせよう。青龍と黄龍が雲の中でうねり遊ぶよう、蝶が花を見て飛び込み、香りを含むよう、蓮の花が露を含んで風に揺れるよう、雲が雨を含んで巫山(ふざん)の中へ入るよう……一声(いっせい)に和(わ)し、万頃(ばんけい)に波打って、男女の情が絹のようなので、これは天下の至楽(しらく)である。道令様が春香の耳元に囁(ささや)くには、『お前の肉は私の肉であり、私の骨はお前の骨だ。死んでも忘れられぬ情だ。』と言うと、春香もまた和して、楽しみが果てしなかった。」
  10. 諧謔(かいぎゃく)的な異本(申在孝(シン・ジェヒョ)本など)の破格な描写: 「ねえ春香や、我らも碓(うす)を一度搗(つ)いてみよう。お前が下の段を受け持ち、私が上の段を受け持って、どんとんどんとん搗いていれば、情の粉(こな)がこぼれ落ちよう……」道令様が春香の胸を撫(な)でると、春香が体をよじって、『あいご、道令様! これは何をなさるのです?』と言うが、道令様は意に介(かい)さず、民衆的な諧謔の大胆な言い回しで戯(たわむ)れた。
    *諧謔的昇華について: 性(せい)を陰湿なものとしてではなく、生命力にあふれた楽しい遊戯(ゆうぎ)(碓搗き、舟遊びなど)として描くことで、当代の民衆の健康な性の観念を示している。
  11. 愛の歌(パンソリ)
    李道令と春香は、天を懸け地を懸け、鉄と石のように固い百年の契りを結んだ。二人の出会いは、まるで天が結んでくれた縁のように角(かど)がなく、その愛は花の香りのように深く奥ゆかしかった。
    こちらへおいで、背負って遊ぼう。愛、愛、愛、我が愛よ。愛だなあ、我が愛よ。あちらへお行き、後ろ姿を見よう。こちらへおいで、前姿を見よう。しゃなりしゃなりと歩け、歩く姿を見よう。にっこり笑え、歯並びを見よう。きっと我が愛よ。おーわ、どんどん、我が愛よ。しゃなりしゃなり歩いてくる、あの歩みも愛、ちょっと笑うあの目も愛、桃の花の頬がほんのり赤いのも愛だ。おーわ、どんどん、我が愛よ。
    どんどんどん、我が夫(おっと)。おお、どんどん、我が夫。どんどんどんどん、おお、どんどん、我が夫……
    春の日、広寒楼で結ばれた二人の愛は、日ごとに深まり、春が過ぎて夏が来ても、ただの一日も欠かさず、互いに行き来して甘い時を分かち合った。世に羨(うらや)むもののない日々だった。
  12. 別れ ― 李道令の上京
    しかし、人生は塞翁(さいおう)が馬。よい事があれば、悲しい事も来るのが道理である。ある日、思いがけぬ知らせが伝えられた。李府使が王の召しを受けて、ソウルへ上ることになったのだった。李道令も従って上らずにはいられなかった。李道令が自ら春香の家を訪ねてこの知らせを伝えると、春香は天が崩れるように驚いて尋ねた。
    「道令様、これが何という青天の霹靂(へきれき)のようなお言葉でございますか。今ちょうど花が咲いて香りを放とうとするのに、雨風が吹きつけるとは、どうしたことでございますか。私と結んだ百年の契りはどうなり、独り残されたこの身は、どうせよとの仰せでございますか。」李道令が春香の手をしっかり握って言うには、「春香や、この私の心を、お前は分からぬか。私は今度上って、ひたすら勉学に精進し、科挙(かきょ)に及第した後には、必ずお前を迎えに来よう。その日まで、固く節操を守って待っておくれ。」春香が涙をのんで答えるには、「道令様、信じます。お待ちします。どうか早くお戻りください。」
    別れの日が明けた。李道令が馬に乗ると、春香が裙を掴(つか)んで放さなかった。房子が道を急(せ)かすと、春香はついに手を放して嗚咽(おえつ)した。李道令も幾度も後ろを振り返ってから、ついに北の道の彼方(かなた)へ消えた。春香は、愛(いと)しい人の後ろ姿が見えなくなるまで眺めてから、その場に座り込み、地を打って慟哭(どうこく)した。世界中が、その一つの泣き声で満たされるようだった。
  13. 別れの歌(パンソリ)
    こちらへおいで、背負って遊ぼう、愛、愛、愛だよ。
    きっと我が愛よ、おーわ、どんどん、我が愛よ。
    私が死んだら、埋めないでおくれ。愛しい人のいないこの世に。
    日が過ぎ、月が過ぎれば、いつの日に、私のもとへ来てくださるのか。
    行くといっても行けまい、来るといっても来られまい。
    白頭山(ペクトゥサン)の険しい峠、愛しい人が行けば、どうして行こう。
    仇(かたき)だ、仇だ、別れというものは仇だ。
    私を捨てて行く愛しい人よ、十里(じゅうり)も行かぬうちに足が痛くなれ。
    行く途中で足が痛くなって行けず、この家へ再び来ておくれ。
    おーわ、押せ、つかめ、私をつかめ。
    行く愛しい人の馬の手綱(たづな)をつかんで、この私の心を慰めておくれ。
    ― 下 巻 ―
  14. 別れの後の春香の恋しさ
    李道令が上京した後、春香はなすすべもなく、自分の寝室に入って座った。「香丹や、簾(すだれ)を上げ、脇息(きょうそく)の下に枕を置いて、戸を閉めておくれ。道令様を、覚めていてはお会いするすべが遠いのだから、眠りにでも入れば、夢の中ででもお会いしよう。昔から、夢に来て見える愛しい人は、信義がないというけれど、苦しいほど恋しいなら、夢でなくてどうして見よう。」そうして目を閉じたが、眠りは来ず、涙ばかりが流れた。
    行こうかしら、行こうかしら。愛しい人を追って、行こうかしら。
    千里でも、行こうかしら、万里でも、行こうかしら。
    風雨も休んで越え、勇猛(ゆうもう)な鷹(たか)も隼(はやぶさ)も休んで越える、
    高峰(こうほう)の頂(いただき)、洞仙嶺(トンソンリョン)の峠であっても、愛しい人が来て私を訪ねるなら、
    私は履物(はきもの)を脱いで手に持ち、休まずに行こう。
    漢陽(ハニャン=ソウル)におられる我が夫(おっと)は、私と同じように恋しがっておられるのか。
    無情にも、すっかり忘れて、私への愛を移し、別の人を愛しんでおられるのか。
    「見たい、見たい、愛しい人の顔が見たい。聞きたい、聞きたい、愛しい人の声が聞きたい。前世にどんな仇(あだ)で、我ら二人がこの世に生まれて、恋しい相思(そうし)で一つに出会い、忘れまいと初めに誓い、死なずに一つにいて、百年の契りを結んだ誓い、千金珠玉(せんきんしゅぎょく)も夢の外の事であり、世の万事が何で関わろう。源(みなもと)から流れて水となり、深く深くまた深く、愛が集まって山となり、高く高くまた高く、絶える術(すべ)を知らぬのだから、崩れる術をどうして知ろう。鬼神(きじん)が妨げ、造物主(ぞうぶつしゅ)が嫉(ねた)むのだな。一朝(いっちょう)にして夫と別れ、いつの日に会えようか。千の愁(うれ)い、万の恨(ハン)が満ちて、とことん感じる。美しい顔、雲のような鬢(びん)が、空(むな)しく萎(しお)れてゆく恨、歳月は無情で、流れる水のようだ。梧桐(ごとう)の下、秋の夜は、どうしてこうも遅く明け、緑陰芳草の斜(なな)めにさす所に、日はどうしてこうも遅く行くのか。この恋しさをお分かりなら、愛しい人も私を恋しがっておられようものを。独り空しい部屋に臥して、ため息だけが友となり、九曲(きゅうきょく)の肝腸(かんちょう)が曲々(きょくきょく)に腐って湧き出るのが、涙だ。涙が集まって海となり、ため息で清風となれば、一葉(いちよう)の小舟に身を乗せて、漢陽の夫を訪ねていこうものを、どうしてこうも会えぬのか。月は明るく星は輝いて、愛しい人のおられる所を照らそうものを、心中に積もる愁いは、私一人だけだ。夜が更けて三更(さんこう)なのに、座っていれば愛しい人が来ようか、臥していれば眠りが来ようか。愛しい人も眠りも来ぬ。この事をどうしよう。きっと別れが仇だ。興(きょう)が尽きれば悲しみが来、苦しみが尽きれば楽しみが来ると、昔からあるけれど、待つ身も少なからず、恋しいのも久しいのに、一寸(いっすん)の肝腸が曲々に結んだ恨を、愛しい人でなくて誰が解こう。明らかなる天よ、見下ろして、速やかに会わせてくださいませ。未尽(みじん)の人情(にんじょう)、再び会って、白髪(はくはつ)の尽きるときまで、別れなく暮らしたい。問う、青い水、青い山よ、我が愛しい人の憔悴(しょうすい)した姿、哀(あわ)れにもひとたび別れた後、消息さえ絶えてしまった。人が木や石でない以上、愛しい人もきっと感じておられよう。あいご、あいご、わが身の上よ。」
    天を仰いで自嘆(じたん)し、歳月を送るうち、このとき李道令はソウルへ上り、寝床のたびに眠れず、ただ昼夜、科挙に及第して春香を迎えに来るという一念で、勉学に邁進(まいしん)した。
  15. 新官府使・卞学道(ピョン・ハクト)の赴任
    そうするうち、李府使が南原を去って間もなく、新しい府使が赴任することになった。紫霞洞(チャハゴル)の卞学道(ピョン・ハクト)という両班だった。文筆もたっぷりとし、人物風采が活達で、風流に通暁(つうぎょう)し、遊びの心も豊かだったが、一つの欠点があった。性情(せいじょう)が偏屈(へんくつ)な上に、強圧的な性質を兼ね、時に失徳(しっとく)もし、いわれのない訴訟(そしょう)沙汰(ざた)を作ることもあるという。こうした次第で、世間でこの人を知る者は皆、頑固(がんこ)一徹(いってつ)と言った。
    新官府使の行列は、威儀(いぎ)も荘厳(そうごん)だった。雲のような輿(こし)と独轎(どっきょう)に、左右の青帳(せいちょう)をどっと広げ、行軍の吹打(すいだ)の楽の音が城の東に響き、三絃六角(さんげんろっかく)と権馬声(けんばせい=先払いの声)が遠近に騒がしかった。広寒楼に陣取って衣冠を整え、客舎(きゃくしゃ)に到着して赴任の届けを済ませた後、東軒(とうけん)に座を定め、赴任の膳を召された後、「首奴(しゅど=下男頭)を呼んで、妓生の点呼(てんこ)をせよ。」と言った。
  16. 妓生の点呼
    戸長(こちょう)が言いつけを聞いて、妓生の名簿を出し、名を順に呼ぶのだが、一つ一つに文句(もんく)を添えて呼んだ。
    「雨上がりの後、東山に昇る明月(めいげつ)、明月(ミョンウォル)。」明月が入ってくるが、裙の裾をたくし上げて胸にぴたりとつけ、しゃなりしゃなりと入ってきて、「点呼を受けて、退(さ)がります。」「漁舟(ぎょしゅう)、水を逐(お)うて、山に春を愛(め)づ、両側に爛漫(らんまん)と咲いた美しい春の色は、これではないか、桃紅(トホン)。」桃紅が入ってくるが、赤い裙の裾をかかえ、しゃなりしゃなり、ためらいがちに歩いて入ってきて、「点呼を受けて、退がります。」「丹山(たんざん)のあの鳳凰(ほうおう)が、番(つが)いを失って碧梧桐(へきごとう)に宿るので、山水の霊気を受けた、気品ある鳥だ。気が俗を帯びぬ固い節操、万寿門前(ばんじゅもんぜん)の彩鳳(チェボン)。」彩鳳が入ってくるが、羅裙(らくん)を巻いた腰を粋にかかえ、蓮歩(れんぽ)を正しく運んで、しゃなりしゃなり歩いて入ってきて、「点呼を受けて、左部進退(さぶしんたい)で退がります。」
    「清らかな池に節操を変えぬ、あの蓮花(れんげ)、可憐(かれん)で美しい態度、花の中の君子、蓮心(ヨンシム)。」「和氏(かし)の玉のような明月が碧海(へきかい)に映るよう、荊山(けいざん)の白玉(はくぎょく)よ、明玉(ミョンオク)。」「雲を隔て風を隔てた、あの遠い五天(ごてん)、柳が黄金色に染まった所に、鶯鶯(エンエン)。」艶々(えんえん)と美しい妓生がその中に多かったが、府使はもとから春香の名を高く聞いていたので、いくら聞いても、春香の名がなかった。
    府使が首奴を呼んで尋ねた。「妓生の点呼がすべて済んでも、春香は呼ばぬが、退妓(たいぎ)か。」首奴が申し上げるには、「春香の母は妓生でございますが、春香は妓生ではございません。」府使が尋ねた。「春香が妓生でないなら、どうして閨中(けいちゅう)にいる娘の名が、高く知れたのか。」首奴が申し上げるには、「もとより妓生の娘でございますが、徳と美貌(びぼう)が抜きん出ているゆえ、権門勢家(けんもんせいか)の両班や、一等の才士(さいし)・遊び人たちが下ってこられるたびに、見物しようと懇願(こんがん)しましたが、春香母娘が聞き入れず、十年に一度の対面も難しゅうございました。天定(てんてい)の縁分か、旧官府使の子息・李道令と百年の契りを結ばれ、道令様がお発(た)ちの際、科挙に上った後に迎えに来ようと言いつけ、春香もそう思って守節(しゅせつ)しております。」
    府使が憤(いきどお)って、「この野郎、無学な下郎とて、それがどれほどの両班だというのだ。厳(きび)しく厳しい両班の家の道令が、花房(かぼう)に妾(めかけ)を置いて暮らそうとするものか。この野郎、二度とそんな言葉を口に出せば、罪を免れぬぞ。すでに私が、あの一人を見ようとして見られず、そのまま済まそうか。つべこべ言わず呼んでこい。」府使が大いに怒って、「もし春香を手間取らせれば、公兄(こうけい)以下、各庁の頭目(とうもく)をことごとく罷免(ひめん)するから、早く召し連れぬか。」六房(りくぼう)が騒動し、各庁の頭目が魂を失って、「哀れだ、春香の貞節、可憐な目に遭(あ)いやすい。府使の言いつけが至厳(しげん)だから、早く行こう、急いで行こう。」
  17. 春香の召喚 ― 守庁(しゅちょう)の強要
    使令(しれい)と官奴(かんど)が入り混じって春香の門前に着くと、このとき春香は昼夜、李道令だけを思って泣いていた。恋しさで飯もろくに食べられず、眠りもろくにとれず、李道令を思って胸を焦(こ)がし、骨も肉もすべて傷(いた)んでゆくほどだった。陽気(ようき)が衰え尽きて、珍陽調(チニャンジョ)のように長く緩(ゆる)やかな泣き声が流れ出るので、これを聞く使令たちも、心が解(と)け落ちた。
    使令が出てきて「出てこい!」と叫ぶ声に、春香はびっくりして戸の隙間(すきま)から覗(のぞ)くと、使令・軍奴(ぐんど)が来ていた。「あっ、今日が三日点呼だというから、何か騒ぎが起きたようだ。」そこで春香は、何人かの番手(ばんて)たちを部屋に座らせ、「香丹や、酒の膳を出しておくれ。」と、酔うほどにもてなした後、櫃(ひつ)を開けて銭五両を出し、「皆さん、お帰りに、酒でも一杯どうぞ。後で問題にならぬようにしてくださいね。」
    行首(ヘンス)妓生が出てきて、両の手のひらをぱんぱんと打ち合わせながら、「これ、春香や、聞きなさい。お前ほどの貞節は私にもあり、お前ほどの守節は私にもある。お前という貞節がなぜあり、お前という守節がなぜあるのか。ちっぽけなお前一人のために、六房がそろって騒動し、各庁の頭目が皆、死にそうになっている。早く行こう、急いで行こう。」春香はやむなく、守節していたその気概で、大門の外へさっと出ながら、「姉(あね)さん、姉さん、行首の姉さん、人をそう蔑(さげす)まないでください。そちらとて代々の行首であり、私とて代々の春香でしょうか。人は一度死ぬので、二度死ぬものですか。」
    あちらへよろよろ、こちらへよろよろ、東軒に入って、「春香が参りました。」府使が見て、大いに喜び、「春香に違いない。壇上(だんじょう)へ上れ。」春香は上房(じょうぼう)に上がって膝を揃え、端正に座るばかりだった。府使が言いつけるには、「今日から身なりを正しく装い、守庁(しゅちょう=夜のお相手)として勤めよ。」春香が申し上げるには、「府使の言いつけは恐れ多うございますが、一人の夫(おっと)だけに従うのが、私(わたくし)の志でございますので、言いつけは施行できません。」
    府使が笑って言うには、「まことに大したものだ。お前は本当に烈女だ。お前の貞節、固い心が、どうしてそう愛らしいのか、当然の言葉だ。しかし李道令は、京城(けいじょう)の士大夫(したいふ)の子息として、名門貴族の婿(むこ)となったのだから、一時の愛で、しばし道端の花のように遊んだお前を、一度でも思おうか。彼はみな捨て置いて、お前の町の官長(かんちょう)に身を任せるのが正しいか、幼い道令に身を任せるのが正しいか。お前、ちょっと言ってみよ。」
    春香が申し上げるには、「忠臣は二君に仕えず、烈女は二夫に仕えぬ節操に倣(なら)おうとしておりますのに、幾度もこのような仰せを下されますので、生きることが死ぬことに劣り、烈女は二夫に仕えぬものですから、御処分のままになさいませ。」このとき会計(かいけい)の旦那(だんな)が乗り出して、「この妖(あや)しい女(あま)め、儚(はかな)いこの世、生きてみたところで一色(いっしょく=美貌)だ。府使様がお前を推奨(すいしょう)してのお言葉であって、お前のような妓生出のものに、守節が何で、貞節が何だ。旧官をお見送りし、新官府使をお迎えするのが、法典に当然であるのに、怪(あや)しい言葉を出すな。」
    このとき春香が、あまりに呆(あき)れて、平然と座って申し上げるには、「忠孝烈女に、上下(じょうげ)がございましょうか。詳しくお聞きください。妓生だから忠孝烈女がないとおっしゃいますので、一つ一つ申し上げましょう。黄海道(ファンヘド)の妓生・弄仙(ノンソン)は、洞仙嶺(トンソンリョン)で節操を守って死に、晋州(チンジュ)の妓生・論介(ノンゲ)は、我が国の忠烈として忠烈門に祀(まつ)られ、千秋(せんしゅう)に享祀(きょうし)を受けており、清州(チョンジュ)の妓生・花月(ファウォル)は節操で名高く、安東(アンドン)の妓生・一枝紅(イルジホン)には生烈女門(せいれつじょもん)が建てられましたから、妓生だからとて烈女がないとおっしゃいますな。そもそも李道令に出会ったとき、泰山(たいざん)と西海(せいかい)のように固い心で、一心貞節(いっしんていせつ)は、孟賁(もうほん)のような勇猛をもってしても抜けず、蘇秦(そしん)・張儀(ちょうぎ)の口弁(こうべん)をもってしても、妾(しょう)の心を移せず、諸葛孔明(しょかつこうめい)の高い才をもって東南の風は祈り得ても、一片丹心(いっぺんたんしん)、私の心を屈服させることはできません。御処分のままになさいませ。」府使が大いに怒って、「この女、聞け。謀反大逆(むほんたいぎゃく)する罪は陵遅処斬(りょうちしょざん)があり、官長を嘲(あざけ)る罪は律文(りつぶん)に載っており、官長に逆(さか)らう罪は、厳しい刑罰と流刑(るけい)だ。死ぬからとて悲しむな。」春香が激しく、「人妻(ひとづま)を犯(おか)すのは、罪でなくて何でございます。」府使が呆れて、筵床(えんしょう)を叩くうちに、宕巾(タンゴン)が脱げ、髷(まげ)がほどけ、声がかれて、「この女を引っ捕らえて下ろせ。」
  18. 十杖歌(じゅうじょうか)(パンソリ) ― 十の杖に込めた節操
    春香を刑(けい)の台に上げて縛り、執杖(しつじょう)使令の様子をご覧なさい。刑杖(けいじょう)や笞杖(ちじょう)や棍杖(こんじょう)を、一抱(ひとかか)え抱えてきて、台の下にざらざらと注ぎ落とす音に、春香の意識がもうろうとした。執杖使令がそっと言うには、「一つ二つだけ堪(こら)えなさい。どうしようもないのだ。この脚はこう捻(ひね)り、あの脚はああ捻りなさい。」「ひどく打て。」「えいっ、打ちます。」ぴしりと当てると、折れた刑杖の切れ端がぴゅっと飛んで、空中にくるくる舞い上がり、庭の下に落ち、春香は歯をぎりぎり噛み、首だけをぐるぐる回しながら、「あいご、これはどうしたこと。」
    春香が十の棍杖に打たれながら、悲しみに堪えかねて泣くのだが、
    一片丹心、固い心、一夫従事(いっぷじゅうじ=一人の夫に従う)の志でございますから、
    一つの刑罰を加えられても、一刻(いっこく)とて変わりましょうか。
    二妃(にひ)の節操(二妃節)を存じますので、不更二夫(ふこうにふ)、この私の心、
    この杖に打たれて、いっそ死んでも、李道令は忘れられません。
    三綱五倫(さんこうごりん)を知りましたので、三度の刑問(けいもん)・流刑に行こうとも、
    三清洞(サムチョンドン)の我が夫(おっと)、李道令は忘れられません。
    四肢(しし)を裂かれようとも、死生同居(しせいどうきょ)、我が夫、死生の間(あいだ)に忘れられません。
    寤寐不忘(ごびふぼう=寝ても覚めても忘れず)、我が夫、まるごと思い起こされます。
    今日(きょう)こそ手紙が来ようか、明日こそ便りが来ようか。あいご、あいご、わが身の上よ。
    六万回(ろくまんかい)殺されても、結んだ心、変わることはまったくありません。
    七宝紅顔(しっぽうこうがん=玉のように美しい顔)、私は死にます。
    八道(はちどう)の方伯(ほうはく)・守令(しゅれい)の皆様、治民(ちみん)しに下ってこられたのであって、悪刑(あくけい)しに下ってこられたのですか。
    九曲(きゅうきょく)の肝腸が曲々に腐って、この私の涙が、九年の洪水となりましょう。
    十生九死(じっしょうきゅうし)しようとも、十万回殺されても、望みはなく、どうしようもありません。
    十六歳の幼い春香、杖下(じょうか)の冤鬼(えんき)、哀れでございます。
    玉のような春香の体から湧き出るのは赤い血であり、流れ落ちるのは涙だった。血と涙が一つに流れて、武陵桃源(ぶりょうとうげん)の赤い川のようだった。春香はいっそう頑(かたく)なに言うには、「私をこうではなく、陵遅処斬(りょうちしょざん)して、すっかり粉々に殺してくだされば、死後に冤鳥(えんちょう)という鳥となって、招魂鳥(しょうこんちょう)と共に鳴き、寂寞(せきばく)とした山河の月明かりの夜に、我が李道令が眠った後、その夢を覚ますこともできましょうものを。」言葉を続けられず気絶すると、ひれ伏していた通引が頭を上げて涙を拭(ぬぐ)い、杖を振るっていた使令も涙を拭って背を向け、「人の子(こ)には、できぬわい。」
    左右で見物していた人々や官属(かんぞく)たちが、涙を拭って背を向け、「春香が打たれる様子、人の子には、とても見られぬ。むごいことよ、むごいことよ、春香の貞節がむごいことよ。出天(しゅってん)の烈女だ。」老若男女の別なく、互いに涙を流して背を向けるとき、府使とて、よかろうはずがあろうか。半生半死(はんしょうはんし)の春香は、結局、刑吏(けいり)に捕らえられて、獄中(ごくちゅう)に閉じ込められる身の上となった。
  19. 獄中 ― 苦難の中の待ち
    春香が暗い獄房(ごくぼう)に閉じ込められる身の上となった。月梅が慟哭しながら駆けつけたが、どうすることもできなかった。香丹が日ごとに獄(ごく)の世話をしたが、いつ解き放たれるか、当てがなかった。卞府使の逼迫(ひっぱく)と懐柔(かいじゅう)は休みなく続いたが、春香は一度も屈服しなかった。日が経(た)つほど体は衰えていったが、かえって節操はいっそう固くなった。
    十五夜(じゅうごや)の明るい月は、帯(おび)のような雲に埋もれており、
    ソウルにおられる我が夫(おっと)は、三清洞に埋もれているので、
    月よ、月よ、見えるか。愛しい人のおられる所を、私はどうして見られぬのか。
    行く道に漢陽城(ハニャンソン)を訪ね入って、三清洞の我が愛しい人に、私の言葉をどうか伝えておくれ。
    私の姿を詳しく見て、どうかどうか忘れないでおくれ。
    獄房の深い夜に、独り座った春香が、灯火(ともしび)一つを前にして、李道令を恋い、涙を流した。月の明るい日には、庭にさし入る月光を眺めて、愛しい人のおられるソウルの方を、果てしなく眺めた。春が去り夏が来、秋が去り冬が来た。それでも李道令は来なかった。しかし春香は、決して揺るがなかった。愛とは待つことであり、待つこととはすなわち信じることであることを、彼女は全身で知っていた。
  20. 李夢龍の科挙及第と暗行御史(あんぎょうおし)任命
    一方、ソウルへ上った李夢龍は、春香を胸深く抱いて、ひたすら勉学に邁進した。昼は書を読み、夜は灯火の下で文を練ったので、ついに科挙に壮元(そうげん=首席)で及第した。王が大いに喜ばれ、夢龍に暗行御史(あんぎょうおし=秘密の巡察使)の職を下され、「全羅道・南原地方をくまなく視察してまいれ。」と言いつけられた。夢龍は馬牌(マペ=身分を示す札)と封書(ほうしょ)を受け、ただちに南原を目指して旅立った。
    しかし夢龍は身分を徹底的に隠し、みすぼらしい乞食(こじき)の身なりで下ってきた。ぼろの衣に草鞋(わらじ)をはき、破れた笠(かさ)を斜めにかぶった、みすぼらしい姿で烏鵲橋を渡り、あれほど恋しがった南原の地を再び踏んだ。春香の家の前に着くと、以前は茂っていた花草が萎(しお)れており、大門は半ば閉じていた。家の内外に、寂しい気が満ちていた。
  21. 月梅との出会い
    月梅が戸を開けて出てきて、この有様を見て、びっくりした。「おや、これはどなたです?」夢龍が決まり悪げに笑って言うには、「お義母(かあ)さん、私(わたくし)、李夢龍でございます。」月梅が目をぱちくりさせてよく見ると、果たして李夢龍だった。月梅が失望を隠せず、つっけんどんに言うには、「あいご、李道令が来たか。何年も消息もなかったのに、これは何という有様だ。我が春香は、府使に守庁を断って、獄に閉じ込められて死にそうになっているのに、李道令はこんな乞食姿で現れて、春香があなただけを信じて持ちこたえたのが、無駄になったのではないか。」
    夢龍はその次第を聞いて、胸が崩れるようだった。「お義母さん、春香が獄に閉じ込められているとおっしゃるなら、早く会わせてください。」月梅が暗い表情で案内した。これらすべてが、夢龍の胸を痛く刺すものだった。春香が自分を信じて持ちこたえてきた、その歳月の重みが、一度に胸を押しつぶした。
  22. 獄中の再会
    薄暗い獄房の中に独り座っていた春香が、足音に頭を上げた。ぼろの衣に乞食姿の夢龍を見ると、初めは見分けがつかなかった。しかし、その眼差(まなざ)し、その目もとだけは、確かに恋しがっていた愛しい人だった。「道令様……」春香が細く呼ぶと、夢龍が駆け寄って手を取った。「春香や、私が来た。私が来たぞ。」二人が互いに抱き合って涙を流した。
    春香が尋ねた。「何かおありだったのですか、このお姿はどうしたことでございます。」夢龍が力なく言った。「科挙に落ちたのだ。お前を救う力がないのだから、どうしよう。」春香が涙を拭いて、静かに答えた。「大丈夫でございます。道令様がお越しになると信じてお待ちしましたから、今お会いできたなら、思い残すことはございません。明日、卞府使の誕生の宴で、私を殺そうとするそうですから、その前に最後に道令様のお顔を拝(はい)しましたので、もう死んでも、目を閉じられます。」夢龍は内心、胸が引き裂かれるようだったが、何も言わず、その手をしっかり握ってやった。その手の中に、全世界の約束が込められていた。
  23. 卞府使の誕生の宴 ― 御史(おし)の詩
    翌日、卞府使の誕生の宴が大々的に開かれた。南原近隣のすべての官吏が集まり、妓生が列をなして座って酒を注ぐので、宴(うたげ)が興(きょう)に乗って熟した。卞府使が機嫌よく杯(さかずき)を傾けて言うには、「今日の宴がこうもよいのだから、詩を一首作ってみる方はおられぬか。」と。
    このとき、ぼろをまとった一人の乞食(こじき)が宴の庭へずかずかと入ってきて、大声で叫んだ。「私も一首作ってみよう。」宴の人々がびっくりして見ると、みすぼらしい乞食が、ずうずうしく庭の真ん中に立っていた。卞府使が怒鳴った。「あの乞食を、今すぐ追い出せ!」しかし夢龍は平然と前へ進み出て言った。
    金の樽(たる)の美酒は、千人の血なり(金樽美酒千人血)、
    玉の盤(さら)の佳肴(かこう)は、万姓(ばんせい)の膏(あぶら)なり(玉盤佳肴萬姓膏)。
    燭(しょく)の涙落つる時、民の涙落ち(燭淚落時民淚落)、
    歌声(かせい)高き処(ところ)、怨声(えんせい)高し(歌聲高處怨聲高)。
    金の杯の美しい酒は、すべての民の血であり、玉の盤の美味い肴は、万民の膏(あぶら)である。蝋燭(ろうそく)が涙を流すとき、民も涙を流し、歌声の高い所に、怨(うら)みの声が高かった。
    この詩を聞く人々の顔色が、一時に変わった。卞府使がかっと声を上げようとする刹那(せつな)、突然、四方から「暗行御史、出頭(しゅっとう)!」という、雷のような声が響き渡った。
  24. 暗行御史の出頭 ― 卞府使の罷免
    瞬く間に、宴がひっくり返った。役所の四方から御史の軍卒(ぐんそつ)が駆け込み、「馬牌を掲(かか)げよ!」と叫び、夢龍が馬牌を高く掲げて見せて叫んだ。「暗行御史、出頭! 卞学道、早く出てこい!」
    卞府使は魂魄(こんぱく)を飛ばして席から転げ落ち、官属たちが四方へ逃げた。宴の膳がひっくり返り、妓生が悲鳴を上げて逃げる中、軍卒たちが卞府使を捕らえて縛り上げた。夢龍が官服に着替えて上座に上り、号令(ごうれい)した。「卞学道は、南原府使として赴任しながら、民を苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)し、無辜(むこ)の春香を酷刑(こっけい)で治めたのだから、その罪を厳しく処断する。ただちに職位を剥奪(はくだつ)し、問い質(ただ)せ。」軍卒たちが駆けつけて獄門を開け、春香を連れてきた。春香が眩(まぶ)しげに見ると、官服を備えた暗行御史が、まさに李夢龍だった。春香がよろめいて、その場に座り込み、嗚咽した。夢龍が駆け寄って春香を起こし立てた。
  25. 再会と大団円
    「春香や、私が来た。もう、すべて大丈夫だ。」夢龍が春香の手をしっかり握った。春香が涙を流しながらも、明るく笑った。「道令様……いえ、御史(おし)の旦那(だんな)様、こんなに堂々たるお姿でお越しになると、分かっておりました。やはり、信じてお待ちして、よかったのでございます。」夢龍が涙を拭って言うには、「春香や、お前があの苦しみの中でも固く持ちこたえてくれたからこそ、私の心が揺るがず、ここまで来たのだ。その節操と、その愛が、私を必ず帰らせたのだ。」
    月梅が駆け寄り、嗚咽しながら二人を抱きしめた。「あいご、これは夢か現(うつつ)か。我が春香が生きたのだな。李道令が、こんなに立派な御史になって来ようとは……」香丹も喜んで手を叩いた。感激の涙が四方に広がった。
    卞学道は罷免(ひめん)されてソウルへ押送(おうそう)され、南原の民は、暗行御史の善政を讃(たた)えて歓呼(かんこ)した。夢龍は南原の町の行政を正し、いわれなく苦しんだ民の恨(ハン)を解いてやった。その後、李夢龍と成春香はソウルへ上り、正式に婚礼を挙げた。王も春香の固い節操を高く称(たた)え、貞烈夫人(ていれつふじん)の封爵(ほうしゃく)を下された。
    二人はその後、末永く幸せに暮らした。彼らの愛の物語は、国中に広がり、人々の胸の中に、美しい物語として長く残った。広寒楼の烏鵲橋に春風が吹くたびに、ぶらんこの上に舞い上がった春香の赤い裙の裾が、ありありと目に浮かび、その愛の香りが、まるで春の日の花の香りのように、今日もほのかに広がってくるようである。
    忠臣は二君に仕えず、烈女は二夫に仕えず。しかし春香の節操は、単なる道徳律ではなかった。それは、人間が持ちうる、最も純粋で、最も深い愛の、別の名であった。世のあらゆる権力と暴力にも折れぬ、その愛の前に、天もついに感じ動いて、馬牌を手に握った愛しい人を帰してくれたのであろう。これが『烈女春香守節歌』の物語であるから、後世の人々よ、この物語を長く記憶せよ。
    ── 終 ──

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