【要約】 人類の堕落は、すなわち淫乱(いんらん)の問題であった。アダムとエバが天命を破り、不正な愛を結んで罪が始まったので、復帰は正反対に、純潔と貞節で解かねばならなかった。天は、その器(うつわ)となる民族を探され、その民族こそ、忠孝烈の心情文化を秘めてきた韓民族であった。そのような物語が『春香伝』である。十六歳の春香は、李夢龍(イ・モンリョン)と百年の契(ちぎ)りを結んだ後、卞(ピョン)府使の守庁(しゅちょう)の強要の前で、十杖歌(じゅうじょうか)によって一片丹心を守るうち、春香の節操に天が感動されて、暗行御史(あんぎょうおし)となった李道令(イ・ドリョン)と劇的に再会し、参愛(まことのあい)の喜びを天下万民に伝える。我が民族の代表的な愛の歌は、諸国の愛の歌とは、その趣(おもむき)が異なる。天は、韓民族にこの忠孝烈のDNAがあったからこそ、真の父母をお送りくださった。我らの参愛の物語は、過去の物語を超えて、現在の我らの参愛の生き方とならねばならない。心情文化を世に知らせ、韓民族選民大叙事詩の天命を完遂する民族である。
(真のお父様 1997年4月7日) 節操(せっそう/節槪)という言葉があります。韓国では、節操ある女性を何で表象しましたか。春香です。韓国は、節操ある礼儀の国です。妻を中心としては、春香です。孝女を中心としては、沈清(シムチョン)を言います。ですから、沈清以上にならねばならず、春香以上にならねばなりません。卞府使が守庁(しゅちょう=夜のお相手)せよと言っても、言うことを聞けない、ということです。生命がずたずたに引き裂かれても、そうはできません。愛によって生まれた生命ですから、悪い愛に犠牲になっても、結局は輝く愛として復活する、ということです。
(真のお母様の自叙伝) 参愛(まことのあい)は、誰もが皆、願います。千年万年が過ぎても、参愛は嫌だと言いません。参愛は永遠であるため、春にもその愛、夏にもその愛、秋にもその愛、冬にもその愛です。少年のときもその愛、大人になってもその愛、老いてもその愛です。
*我らが共に黙想すべき、一つの問い
天運(てんうん)が韓半島に留まっている、この貴い時間に、今日、我らは非常に重要な問いを投げかけてみます。「神は、なぜ、よりによって、この韓民族を選民として選ばれたのか。」そして「なぜ、真の父母は、強大国である米国ではなく、中国ではなく、小さな土地の韓国の地にお越しになったのか。」この二つの問いに対する答えを知れば、我らがなぜ祝福家庭として生きねばならないのか、我らがなぜ純潔を生命のように守らねばならないのかが、明るく見えてきます。ですから、その答えを見つけるために、次の問いから始めようと思います。
第一に、人類の堕落は、何から始まったのでしょうか。
第二に、であれば、救われる民族は、どんな民族でなければならないでしょうか。
第三に、韓民族は、果たして、そのような民族であったでしょうか。
第四に、それゆえ、天は我らに、どんな使命をお与えになったでしょうか。
この四つを順に取り上げていくと、韓民族が選民として選ばれた、明らかな理由があることを知るようになります。
*人類の堕落 ― 善悪の実を取って食べた、淫乱の問題
聖書の冒頭(ぼうとう)を開いてみてください。創世記の物語の中で、最も悲しい事件は何でしょうか。アダムとエバが善悪の実を取って食べたことですね。真の父母は、この善悪の実の秘密を、堕落論を通して明るく明かしてくださいました。善悪の実とは、時ならぬ時に、時のものを望んで、みだりに取って食べてはならない、禁断の実である、純潔の問題でした。アダムとエバは、未完成期にあった二八青春(にはちせいしゅん)のときに、天使長ルーシェルの偽りの誘惑に落ち、天の父母様が、生命を懸けて守れと命じられた、純潔な参愛を守れず、堕落によって血統を汚した罪を犯したのです。ですから、聖なる愛の器官である生殖器から、罪が始まりました。人類の歴史の中で、すべての苦痛は、まさにその一点、淫乱から始まりました。
これを悟る瞬間、我らは一つの重大な真理を知るようになります。人類を救おうとされる天の父母様は、その「淫乱の問題」を「純潔と貞節」で解くことのできる中心民族を、探されねばならなかった、ということです。堕落が淫乱であったなら、復帰は純潔でなければなりません。堕落が瞬間的な欲情の噴出であったなら、復帰は変わらぬ一片丹心でなければなりません。堕落が、生命を懸けて天命を破ったことであったなら、復帰は、生命を懸けて天命を守らねばならないのです。さあ、神の目で、世界地図を広げてみてください。貞節・純愛・純潔・純血を、生命より貴く思った民族が、この地上のどこにあるでしょうか。
その民族こそ、我が韓民族でした。我が民族を「白衣民族(はくいみんぞく/白衣民族)」と呼びます。白い服を好んで着る民族、という意味ですね。ところで、白色は、ただの一つの色ではありません。白色は、平和の色であり、聖(せい)なるものの色であり、汚(けが)されていない、清らかな純潔の色です。
*忠孝烈(ちゅうこうれつ) ― 韓民族の胸の奥深くに流れる心情文化
我が韓民族の心の中には、三つの宝(たから)がありました。すなわち、忠孝烈です。今日は、我らが最も深く刻むべき「烈(れつ)」です。烈とは何でしょうか。炎(ほのお)のように燃え上がる、死をも辞さない節操。参愛と信義を、生命のように思う、変わらぬ一片丹心です。
*成春香の参愛 ― 韓民族の胸の中に咲かせた、美しい花
ところで、この韓民族の節操の心性を、最も完璧に、最も美しく、最も劇的に盛り込んだ物語があります。まさに『烈女春香守節歌(れつじょしゅんこうしゅせつか)』、『春香伝』です。よく御存じの物語ですね。全羅道(チョルラド)の南原(ナムォン)の地に、妓生(きせい)・月梅(ウォルメ)の深い精誠によって、一人の娘が生まれました。端午(たんご)の節句に、広寒楼(クァンハルル)のぶらんこ場で、二人の初対面が成されます。南原府使として赴任した父に従って下ってきた子息・李夢龍と、成春香は、広寒楼のぶらんこ場で初対面が成されます。以後、春香は、妓生の身分的限界と貞節の間で苦悩したのち、二人は石と鉄のように固い約束を結びます。このとき春香が「死の彼方(かなた)まで行く愛」を約束します。李道令もまた、春香の固い節操に応え、天地の前に固い百年の契りを結びます。二人の出会いは、天の縁のように角(かど)がなく、その愛は、花の香りのように深く奥ゆかしいものでした。
(『春香伝』の「愛の歌」映像を視聴)「こちらへおいで、背負って遊ぼう。愛、愛、愛、我が愛よ。愛だなあ、我が愛よ。あちらへお行き、後ろ姿を見よう。こちらへおいで、前姿を見よう。しゃなりしゃなりと歩け、歩く姿を見よう。にっこり笑え、歯並びを見よう。きっと我が愛よ。おーわ、どんどん、我が愛よ。しゃなりしゃなり歩いてくる、あの歩みも愛、ちょっと笑うあの目も愛、桃の花の頬がほんのり赤いのも愛だ。おーわ、どんどん、我が愛よ。
どんどんどん、我が夫(おっと)。おお、どんどん、我が夫。どんどんどんどん、おお、どんどん、我が夫……」
そうして、燃えるような愛が、一年間、夢のように過ぎていきました。しかし、幸福は長く続きませんでした。李道令の父上が、王の召しを受けてソウルへ発(た)たねばならず、李夢龍も従っていかねばなりませんでした。夢龍が春香を訪ねてきて言いました。「私はソウルへ上って、必ず科挙(かきょ)に及第し、お前を迎えに来よう。その日まで、私だけを待っておくれ。」春香が涙をのんで答えました。「道令様、信じます。お待ちします。」こうして二人は涙で別れ、春香の恋しさが始まります。
(春香歌より) この恋しさをお分かりなら、愛(いと)しい人も私を恋しがっておられようものを。独り空(むな)しい部屋に臥(ふ)して、ため息だけが友となり、九曲(きゅうきょく)の肝腸(かんちょう)が曲々(きょくきょく)に湧き出るのが、涙です。涙が集まって海となり、ため息で清風となれば、一葉(いちよう)の小舟に身を乗せて、漢陽(ハニャン)の夫を訪ねていこうものを、心中に積もる愁(うれ)いは、私一人だけです。夜が更けて三更(さんこう)なのに、座っていれば愛しい人が来ようか、臥していれば眠りが来ようか。愛しい人も眠りも来ぬ。きっと別れが仇(かたき)です。待つ身も少なからず、恋しいのも久しいのに、曲々に結んだ恨(ハン)を、愛しい人でなくて誰が解こう。明らかなる天よ、見下ろして、速やかに会わせてくださいませ。
しかし、新しく赴任した、頑固(がんこ)で民を粗末に扱う、卞学道(ピョン・ハクト)という府使が、成春香の純愛を伝え聞き、春香を貪(むさぼ)って、守庁(しゅちょう)することを強要します。一人の貪官汚吏(どんかんおり)の貪欲(どんよく)な欲望に、純愛が大きな波風に遭(あ)います。春香に、卞学道府使の手出しが入ります。「春香、お前の心は、まことに美しいな。しかし、もう李道令は忘れよ。お前の町の官長(かんちょう)に身を任せるのが正しいか、幼い李道令に身を任せるのが正しいか。さあ、お前、ちょっと言ってみよ。」
春香が申し上げるには、「府使様、私(わたくし)はすでに李道令と百年の契りを結びました。忠臣が二君(にくん)に仕えぬように、烈女は二夫(にふ)に仕えません。千度(ちたび)死んでも、府使様の仰せには従えません。」
このとき使令(しれい)が乗り出して、「この妖(あや)しい女(あま)め、儚(はかな)いこの世、生きてみたところで一瞬だ。府使様がお前を思ってのお言葉であって、お前のような妓生出のものに、貞節が何だ。新官府使をお迎えするのが当然であるのに、たわ言を言うな。」このとき春香が、あまりに呆(あき)れて、「忠孝烈に、上下(じょうげ)がございましょうか。詳しくお聞きください。妓生だから忠孝烈女がないとおっしゃいますので、一つ一つ申し上げましょう。黄海道(ファンヘド)の妓生・弄仙(ノンソン)は、洞仙嶺(トンソンリョン)で節操を守って死に、晋州(チンジュ)の妓生・論介(ノンゲ)は、我が国の忠烈門に祀(まつ)られており、清州(チョンジュ)の妓生・花月(ファウォル)は節操で名高く、安東(アンドン)の妓生・一枝紅(イルジホン)には生烈女門(せいれつじょもん)が建てられましたから、妓生だからとて烈女がないとおっしゃいますな。そもそも李道令に出会ったとき、泰山(たいざん)のように固い心で貞節を誓いましたから、誰であろうと奪えず、諸葛孔明(しょかつこうめい)の高い才をもって東南の風は祈り得ても、一片丹心、私の心を揺るがすことはできません。」
しかし、権力者の前で、か弱い少女に何ができましょうか。結局、春香は刑の台に縛られ、棍杖(こんじょう)に打たれます。一つ一つ、鞭(むち)に打たれるたびに、あの有名な、固い一片丹心を、〈十杖歌(じゅうじょうか)〉で応酬します。
一片丹心(いっぺんたんしん)、固い心、一夫従事(いっぷじゅうじ)の志でございます。
この杖に打たれて、いっそ死んでも、李道令は忘れられません。
三綱五倫(さんこうごりん)を知りましたので、三清洞(サムチョンドン)の我が夫(おっと)、李道令は忘れられません。
四肢(しし)を裂かれようとも、死生同居(しせいどうきょ)、我が夫、死生の間(あいだ)に忘れられません。
寤寐不忘(ごびふぼう)、我が夫、まるごと思い起こされます。
六万回(ろくまんかい)殺されても、結んだ心、変わることはまったくありません。
七宝紅顔(しっぽうこうがん)、私は死にます。
八道(はちどう)の方伯(ほうはく)・守令(しゅれい)の皆様、治民(ちみん)しに下ってこられたのであって、悪刑(あくけい)しに下ってこられたのですか。
九曲肝腸(きゅうきょくかんちょう)が曲々に腐って、この私の涙が、九年の洪水となりましょう。
十生九死(じっしょうきゅうし)しようとも、十六歳の幼い春香の寃魂(えんこん)が、哀れでございます。
玉のような春香の体から湧き出るのは赤い血であり、流れ落ちるのは涙でした。血と涙が一つに流れて、赤い川のように流れました。春香はいっそう頑(かたく)なに言うには、「私をこう蔑(なみ)することなく、陵遅処斬(りょうちしょざん)して殺してくだされば、死後に冤鳥(えんちょう)という鳥となって、招魂鳥(しょうこんちょう)と共に鳴き、寂寞(せきばく)とした山河の月明かりの夜に、我が李道令が眠った間に、その夢の中ででも現れて見えることもできましょうものを……」と言いかけて、気絶してしまいます。
*獄中 ― 苦難の中の待ち
春香が冷たい獄房(ごくぼう)に閉じ込められる身の上となりました。いつ解き放たれるか、当てがありませんでした。卞府使の逼迫(ひっぱく)と懐柔(かいじゅう)は休みなく続きましたが、春香は一度も屈服しませんでした。日が経(た)つほど体は衰えていきましたが、かえって固くなった節操の心情を、こう表現しました。
十五夜(じゅうごや)の明るい月は、帯(おび)のような雲に埋もれており、
ソウルにおられる我が夫(おっと)は、三清洞に埋もれているので、
月よ、月よ、見えるか。愛しい人のおられる所を、私はどうして見られぬのか。
行く道に、漢陽・三清洞の我が愛しい人に、私の言葉をどうか伝えておくれ。
獄房の深い夜に、李道令を恋い、涙を流しました。月の明るい日には、さし入る月光を眺めて、愛しい人のおられるソウルの方を果てしなく眺め、春が去り夏が来、秋が去り冬が来ました。それでも李道令は来ませんでした。しかし春香は、決して揺るぎませんでした。愛とは待つことであり、待つこととはすなわち信じることであることを、春香は全身で知っていました。(真のお母様の獄中の身の上と重なる。)
至誠(しせい)なれば天に通ず、といいますが、天は、ついにその貞節を見捨てられませんでした。漢陽で科挙に壮元(そうげん=首席)及第した李夢龍が、大乞食(おおこじき)の身なりで、真っ先に、南原の地の獄に閉じ込められた春香を訪ねてきます。
*獄中の再会: そのとき春香が、夢の中で黄金色に現れた李道令と、喜んで再会する甘い夢を見ていて、人の気配に驚いて覚めると、ぼろの衣に乞食姿で現れた人を見て、初めは見分けがつきませんでした。しかし、その眼差(まなざ)し、その声だけは、確かに恋しがっていた愛しい人でした。「道令様……」春香が細く呼ぶと、夢龍が駆け寄って手を取り、「春香や、私が来た。私が来たぞ。」二人が互いに抱き合って涙を流しました。春香が尋ねました。「何かおありだったのですか、このお姿はどうしたことでございます。」夢龍が力なく言いました。「科挙に落ちたのだ。お前を救う力がないのだから、どうしよう。」春香が涙を拭(ぬぐ)って、静かに答えました。
「お越しくださったのですから、大丈夫でございます。道令様がお越しになると信じてお待ちしましたから、今お会いできたなら、思い残すことはございません。明日、卞府使の誕生の宴で、私を殺そうとするそうですから、その前に最後に道令様のお顔を拝(はい)しましたので、もう死んでも、目を閉じられます。」
夢龍が、春香の一片丹心を涙で聞きながら、手をしっかり握ってやりましたが、その両手の中に、天を懸けて誓った約束が込められていました。
やがて翌朝、卞府使の誕生の宴が、風楽(ふうがく)を鳴らして盛大に開かれます。卞府使が機嫌よく杯(さかずき)を傾けて言うには、「今日の宴がこうもよいのだから、詩を一首作ってみる方はおられぬか。」と言いました。このとき、ぼろをまとった乞食が、宴の庭へずかずかと入ってきて、大声で「この者が詩を一首、差し上げましょう。」
金の樽(たる)の美酒(金樽美酒)は、千人の血(千人血)であり、玉の盤(さら)の佳肴(玉盤佳肴)は、万姓(ばんせい)の膏(あぶら)(萬姓膏)である。
燭(しょく)の涙落つる時(燭淚落時)は、民の涙落ち(民淚落)、歌声(かせい)高き処(ところ)(歌聲高處)に、怨(うら)みの声高し(怨聲高)。
金の杯の美しい酒は、すべての民の血であり、玉の盤の美味い肴(さかな)は、万民の膏(あぶら)である。蝋燭(ろうそく)が涙を流すとき、民も涙を流し、歌声の高い所に、怨みの声が高かった。
詩文を受け取った卞府使は、内容を見抜けず、使令たちは脚をがたがた震わせて「しまった、事が起きた」と、そろそろと尻込みして、しどろもどろに言います。「ああ、寒い、戸が入ってくる、風を閉めろ。水が乾く、喉(のど)を飲め。」宴が冷え固まる、その瞬間、四方から雷のような声が炸裂(さくれつ)しました。「暗行御史、出頭(しゅっとう)!」天地がひっくり返ったように、瞬く間に宴がひっくり返りました。卞府使は魂魄(こんぱく)を飛ばして席から転げ落ち、宴の膳はひっくり返り、官属(かんぞく)たちが四方へ逃げました。四方から御史の軍卒(ぐんそつ)が雪崩(なだ)れ込み、李夢龍が馬牌(マペ)を高く掲げて「卞学道、早く出てこい!」得意満面(とくいまんめん)だった卞学道は、捕縛されて引き出されました。李夢龍が御史の装いで上座に上り、本官府使を罷免(ひめん)し、囚人たちを問い質(ただ)します。最後に、李夢龍が問います。「あの女は、なぜ獄に閉じ込められたのか。」刑吏(けいり)が報告するには、「卞府使の守庁に応じず、獄に閉じ込められました。」このとき御史の旦那(だんな)が春香に言います。「守節するといって府使の命に逆(さか)らったのだから、どうして生きることを望めようか。死んで当然だが、私の守庁を受け入れれば、私がお前を生かしてやろう。それでも拒むのか。」そのとき春香が、呆れて一言申します。「下ってくる官長ごとに、犬でございますな。御史様、お聞きください。層巌(そうがん)絶壁の高い岩が、風が吹いたとて崩れましょうか。青い竹が、雪が降ったとて変わりましょうか。そのような仰せはなさらず、早く、急いで殺してくだされ。」
このとき御史様が錦嚢(きんのう)を開き、「春香、お前の顔を上げよ。」春香が顔を上げて御史様を見ると、昨日、乞食として訪ねてきた、夢にまで恋い焦がれた愛しい人でした。春香がよろめいて、その場に座り込み、嗚咽(おえつ)して言います。「あらまあ、これは夢でございますか。現(うつつ)でございますか。夢なら、覚めたくございません。」涙半分、笑い半分で、我を失ったように言います。夢龍が駆け寄って、春香の手をぐいと握って起こし立てます。「春香や!」
その後、李夢龍と成春香はソウルへ上り、正式に婚礼を挙げました。王も、春香の固い節操を高く称(たた)え、貞烈夫人(ていれつふじん)の称号を下されて、妓生出の身分から解放してくださいました。忠臣は二君に仕えず、烈女は二夫に仕えず。春香の節操は、人間が持ちうる、最も純粋で、最も深い愛の、別の名でした。その愛に、天もついに感動して、馬牌を手にした愛しい人を、帰してくださったのです。
食口(シック)の皆さん、これは単なる二人の愛の物語ではなく、人間なら誰もが生命視すべき、聖(せい)なる参愛の物語です。ここで主人公は、十六歳の幼い少女・春香です。春香の愛には、孝(親の教えを継ぐこと)、烈(命を懸けて約束を守ること)、忠(不正な権力に抵抗すること)が、一身に溶け込んでいます。
*世界の節操の物語と比べて見た、韓民族の愛の物語
もちろん、似たような節操を歌った物語は、世界の至る所にあります。節操を貴く思う心は、人類の普遍的な感情です。しかし、その違いを比較してみれば、我らの愛の物語とは、趣が異なることが分かります。
中国の祝英台(しゅくえいだい)は、愛する梁山伯(りょうざんぱく)が死ぬと、彼の墓が裂ける場所へ飛び込んで、一対(いっつい)の蝶(ちょう)となって飛んでいきました。死んで、愛が成就します。
英国のジュリエットは、ロミオのいない世界で生きることを拒み、自ら命を絶つ、悲劇的な愛を語ります。
ペルシャのライラとマジュヌーンは、生涯、一度も肌(はだ)を合わせぬまま、思慕の中で息を引き取り、霊的にのみ結合します。
これらは皆、美しい愛の物語ですね。しかし「死」で愛の物語が終わります。愛を守るために死んだか、愛を失って死んだか、愛する人に一度も会えぬまま死んだ、悲しいエンディングです。
ところで、我らの春香の物語はどうでしょうか。節操を生命のように思い、死の前に決然としましたが、生き残りました! それも、ただ生き残ったのではなく、腐敗した権力を処罰し、村の人々と共に喜び、国がその愛を公式に認め、越えられなかった身分の壁が崩れる中で、愛する人の手を握り、にっこり笑って、皆を幸せにした、愛のハッピーエンドです。
中国:節操は、家門の名誉や親の意(こころ)が結合した形が多いです。
日本:節操は、上官に対する忠誠心の発露として強調されがちです。
西洋:節操が、貴族的秩序の中での、名誉ある献身に近いです。
中東:節操は、家門の名誉を守る価値です。破れば悲劇的な終末を迎える叙事が主をなします。
韓国:節操は、義務や受動的な命令ではなく、自発的な本心の愛です。
春香の愛が、すなわち我が民族の愛の物語です。このような愛が、天の父母様が、あれほど見たいと願われた、参愛の姿でした。淫乱によって堕落した人類を救おうとされるなら、どんな愛が必要だったでしょうか。死の彼方(かなた)まで行く愛、権力の前でも折れない愛、身分の壁を飛び越える愛、そしてついに皆を喜ばせる愛――まさに、そのような愛のDNAを持つ民族が必要だったのです。
*そのような韓民族に、天は真の父母をお送りになった
さあ、今や我らは、最初のあの二つの問いに答えることができます。なぜ神は、韓民族を選民として択(えら)ばれたのか。なぜ真の父母は、韓国にお越しになったのか。
堕落が淫乱であったので、復帰は貞節でなければなりませんでした。その貞節を最も完璧に具現した物語が、韓民族の愛の物語でした。その貞節の、最も輝かしい代表的な人物が、春香でした。そのような背景のもとで、天の父母様は、ご自身の最初の愛を受ける「独り娘」を、この韓半島に誕生させられたのです。
真のお父様・文鮮明(ムン・ソンミョン)先生は1920年、平安北道(ピョンアンプクト)の定州(チョンジュ)で、真のお母様・韓鶴子(ハン・ハクチャ)女史は1943年、平安南道(ピョンアンナムド)の安州(アンジュ)で、韓民族が日帝の強占の下、最も悲惨だった時期に、この地にお越しになりました。真のお母様は、趙元模(チョ・ウォンモ)外祖母、洪順愛(ホン・スネ)代母、韓承運(ハン・スンウン)父の血統を継いで、三代独女(どくじょ)の信仰の家庭から、独り娘を、清州韓氏(チョンジュハンシ)の家門を通して、この地にお送りになったのです。アダムとエバが思春期の16歳のときに堕落したことを覆(くつがえ)すために、真のお父様は、16歳の復活祭(ふっかつさい)の明け方、山上でイエス様から再臨の使命を受け継がれ、真のお母様は、16歳のときに、真のお父様と小羊(こひつじ)の婚宴を通して、人類史上初めて、真の父母の位にお立ちになったのです。
*我らの使命 ― 真の父母の足跡(そくせき)を継ごう
であれば、我らは、真の父母の祝福家庭として、どう生きねばならないでしょうか。
第一に、まさに我ら自身が「春香のような参愛」を成さねばなりません。ひとたび心を捧げた愛しい人に対する一片丹心を、最後まで守ること、それがすなわち祝福家庭の本分です。しかし、今日の世はどうでしょうか。結婚した家庭の半分が、離婚で終わります。変わってはならない愛が、だんだんかすんでいます。だからこそ「変わらぬ愛」という烈(れつ)の価値が、時代錯誤ではなく、最も輝く価値です。我ら祝福家庭、一家庭一家庭が「一片丹心の夫婦愛」で生きていくとき、我らは一介(いっかい)の家庭ではなく、種族的メシヤの資格を備えるのです。
第二に、我らは、孝情文化・心情文化を、全世界へ伝播せねばなりません。韓流(ハンリュウ)が、ただ歌一曲、ドラマ一編が世界へ出ていくのではありません。韓民族の心情文化、その温かい情(ジョン)、変わらぬ義理、親をお迎えする孝情、愛を生命のように守る節操、これで、世界の人々の胸を潤(うるお)さねばなりません。これがすなわち、孝情文化です。
*結びの言葉 ― 立ち上がれ、韓民族よ
愛する食口の皆さん、真の父母は、このようなみ言葉をなさいました。
「韓国の地は、今後、全世界の山の峰(みね)のような役割をするでしょう。そして、世の人々が、韓国人として生まれられなかったことを、恨(ハン)めしく思うときが来るでしょう。」
このみ言葉が、ただ我が民族の自負心を煽(あお)ろうとされるみ言葉でしょうか。いいえ。これは、我らのアイデンティティを知り、天をお迎えし、世界が我らを羨(うらや)むに足る姿で生きてこそ、成されるみ言葉です。
アダムとエバが淫乱によって崩れた、その場所に、我らは、参愛・純潔・純愛・純血・貞節・節操によって、再び立ち上がらねばなりません。春香が刑の台の上で、十杖歌によって「一片丹心」を叫んだなら、我らは、偽りの愛が蔓延(まんえん)した時代に「参愛」を示さねばなりません。そのような愛の歌に満ちた、天運の地、世界平和の発信地とならねばなりません。
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